港区は都内でも有数な坂の多い街である。 江戸時代からひらけた区内は、名所、旧蹟にちなむ有名な坂も多く、芝居の世界や落語の中に採り入れられているものある。
江戸時代、港区の地域は江戸城の中心地に属していないが、その外郭が隣接し、虎ノ門、御成門(幸橋門)などの地名が示すととおり城内との出入口となっていた。
当時、港区の地域内にどれだけの住民がいたのかは明らかではないが、江戸城に近接していただけに、武家地も多く、土地がら寺社も相当数にのぼって建てられ、武士、僧侶、神宮の数もかなりの数にのぼり、推定では十万人を擁し、江戸全体の30%を占めていたと思われる。
江戸が東京に改められ、行政区画の改正により、明治11年に、芝区、麻生区、赤坂区などの区部が設けられた。
そして太平洋戦争後、昭和22年3月15日 人口分布の激変と行政能力の均衝をとる為、三区が統合され港区が誕生する。
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